コムデギャルソンと吉田克幸(吉田カバン)の哲学
福島は相馬市にあるバッグ製工場に向かった。ここでは「ガラスレザー」を使ったバッグをつくっていた。工場は整理され、すっきりとしていた。工場長の藤田道也さんが工場内を案内してくださり、ところどころを機製担当の宍戸真一さんが説明してくれた。
すべての工程で手間、そして工夫
「ガラスレザー裁断も気を使います。革を何枚か重ねて置いて、そこから裁断するのに持ち上げるんですが、普通の革だったら、滑らせても大丈夫なんですが、ガラスは持ち上げないと表面に傷がついてしまうんです。裁断した後もそのまま重ねておくわけにいかず、一枚切ったら紙を挟んで、一枚切ったら紙を挟んでという作業が必要です」(担当 太田雅憲さん)
その後、流れに沿って制作過程を拝見させていただいたのだけれど、どの過程でも何かひと手間が必要で、そこに工夫が感じられた。細かなパーツのコバ(革の縁)を塗る作業も二度塗りが必要だったり、持ち手の部分の制作では、革を機械で裁断した後、これ以上機械で作業するとガラスレザーの表面に傷がつくので、革包丁でさらに細かく切ったり、本体に持ち手をつけた後はぶら下げておくラックのようなものに何本もぶら下がっていた。これが意外とかわいいシーンだと思ったのだけれど、藤田さんはおっしゃる。
「重ねると傷がつく、だから苦肉の策っていうんですかね。ぶら下げておけば擦れることが少なくなりますから、こんな形で作業する鞄は他にないですよね。ファスナーのある天マチ部分も同じようにぶら下げています」
そのファスナーを見るとすべてにマスキングテープが貼ってあった。
「1999年からコムデさんのバッグをつくらせていただいていますが、最初はこのファスナーで革を傷つけることが多かったんです。すべての縫製が終わって、ひっくり返すときにタオルで保護しながらやっていたんですが、ひっくり返すことに集中するとタオルで保護していることがおろそかになってしまうのです。それでシャッとね、気づいたときには傷が付いていて、いくつもダメにしてしまいました。いつくらいからかな、このマスキングテープを使い始めたのは、少しずつ勉強して、工夫してうまくできるようにしています」(藤田さん)
そして、問題の(?)ひっくり返しなのだが、普段の生活ではおよそ見ることのない、物をつくるときに使う蒸気式融風器というものを使っていた。
「ガラスレザーをひっくり返すときは力加減がとても難しいんです。力を入れつつ力を抜くというんでしょうか?革を気遣いながら、一気にやらないといけない。そんな力加減を考えながら、この熱風機で要所要所を温めながら裏返すんです。50度の熱を加えながらなので、手もやけど寸前です。一般的な事だったら、木の棒に底を当てて、一気に裏返せるんですけれど、ガラスレザーはそうはいかない。ここをひっくり返したら、こっちを少し裏返して、またこっちを裏返して、とゆっくり少しずつひっくり返していくんです。そうしないと傷がついたり、特にシワが出ちゃうんです。軽いシワなら仕上げのときアイロンで染ませることもできますが、それでも出さないようにしないとアイロンでも伸ばせないシワができてしまうんです。とにかく試行錯誤でやってきました」(宍戸さん)
実際にこの力加減、実際に見ているともどかしくなるような力の入れ方で、「そこでもうひと越えぐっと力を入れれば、一気にできそうなのに!」と言いたくなるところで寸止めのようにカを抜く。ああ、もどかしい。
工場内を取材させていただき、その後で少しエ場長の藤田さんのお話を伺うことができた。
行き着いたのは素材の開発
「革選びから大変なのです。このガラスレザーは、良い面があると必ず悪い面にもなる。つまり、硬いとシワになりやすいだけれど、柔らかいと形にならなくなります。厚さも厚ければいいわけではなく、調整もしながらですし、靴のアイロンを使ってシワを取ってみたら、それもダメ、温度調節も難しかったですね。革の職人さんにも何度も試作をつくってもらって、革とガラスの層を薄くするということもやって、現在に至っています。ただ、革も安定しないので、今回のは良くできたなと思って、同じやり方でつくっても、次はうまくいかないこともあるんです」
素材の開発からやらないと、〈COMME des GARÇONS〉のバッグはつくれないほど大変な作業なのだ。
「手間だけで言ったら、ガラスレザーは同じバッグを一般的な革でつくる場合の倍はかかります。普通の革だったら叩いて形を整えられるのに、手で揉みだしていかないといけなかったり、ブラシひとつとっても、豚毛を使わないとうまくいかなったり、できないことをやっていると思いますし、無理なことをやっていると思いますね」
寺山さんがおっしゃっていた、「やっちゃいけないことをやっている」という言葉とまったく重なる。
「99年に吉田カバンの長谷川さんからコムデさんのお話をいただいたとき、なんでこういう難しいものをつくるの?できないですよ。だって、世にないものですから(笑)って申し上げました。ですがね、やってみると考えるんですね。普段、バッグをつくっていてもそんなに難しく考えることはないのですが、コムデさんのをつくるにはどうすれば良いか? こうすればもっと良くつくれるのではないか? 本当に考えて考えてつくらないと難しい……。良いアイデアが浮かぶじゃないですか? 革のことや芯材の使い方いろいろと思いついても今度は、実際に縫製する職人のメンバーに理解してもらえない。それはそうですよ、物づくりの常識にないことをやれって言われるんですから」
藤田さんはさらにこうおっしゃった。
「偽物が出ないんです。こんな手間がかかるもの、普通に考えたら採算が合わないですから。手間を惜しんだら良いものはできない。手間をかけることを惜しまない。それがすべてですね」
COMME des GARÇONSのものづくりというか、川久保さんの哲学というのだろうか?見たこともないものをつくる。そのクリエイションの意識はものをつくる現場にきちんと伝わっている。「こういうものをつくって欲しい」という川久保さんのメッセージがつくり手さんの意識を変え、いつの間にか自分たちは「どこにもない、今までの常識から離れたものをつくっている」という誇りになっていると思った。
工程の最後に、アイロンでシワを伸ばしたり、 全体の張り感を調整したり、様々な作業をしながら仕上げを担当されている太田育恵さん、このエ場で新卒採用から14年というキャリアの太田さんがおっしゃった言葉がとても川久保さんのものづくりを言い表している気がした。
辞めれない理由
「COMME des GARÇONSのある、仙台に見に行くのですが、ガラスレザーのバッグを持っている人を街で見かけるとどんなに遠くても、「あ!うちでつくったCOMME des GARÇONSのバッグだ」ってわかるんです。このバッグは他ではつくれないものだってわかるんです。何度も仕事をやめようと思いましたが、やっぱりやめられないんです。良いものをつくることに携わっている実感があるから」
そして、藤田さんはおっしゃる。
「違う世界のものをつくっている意識がある。引っ張ってもらっているんです。勉強になっていますし、他の職人がつくらない先端の仕事をさをさせてもらっている意識があるんです。つくってみてもうまくいかないこともたくさんあるから辛いんですけどね(笑)」
川久保玲さんのものづくりにはあらゆるメッセージが込められている気がした。今回取材させていただいた職人さんからも、その手でつくられたバッグからも、込められているフィロソフィーは十分感じられた。
ただただ、手を抜かない、それだけがその人の勇気になる。できないと思ったら、ものづくりは何も始まることなく終わってしまう。でも、やってみると難しくてもできる。できたら、自信になる。なんでもできる。そんな気にさせてくれるものづくりなのだと思った。
(出典:PLEASE)